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第6.7号合併号   NEWSLETTER   大阪地域医療ケア研究会   2004年5月25日発行


 

福祉現場の立場から
坪山 孝 氏(社会福祉法人るうてるホーム総合施設長) 

 
 高齢者福祉の現場で"尊厳"という課題を頂いたのが今から14、5年前ではないかと思います。 それは痴呆性高齢者の方の特別養護老人ホームのご利用が始まった頃です。それまで寝たきりといわれていた高齢者の方たちを中心に受け入れていた特養に、痴呆性高齢者の方たちが入って来られて、食事が済んだところなのに「まだ食べていない」と言ったり、所構わず放尿したり、すぐにもの忘れをしたり、徘徊をしました。その方たちに対して本当に尊厳を持った存在として関わることが出来るだろうかという問いかけを、最初に福祉現場にもたらしたのが痴呆性高齢者の方たちだったと考えています。
 今日は"尊厳"がテーマですので、やはり尊厳の前提に何があるのかということを、ご一緒に考えたいと思っております。

「老い」に対する理解
 85歳を過ぎた方から「年を取るのはむごうおまっせ」と言われたり、痴呆性高齢者でトイレ介助を受けていた人が、職員に向かって「私らみたいになったらかないまへん」ということを言われると「老い」とはどういう事なのか、私たちの役割は何かを考えなければいけないと思っています。
 「年を取るのはむごうおまっせ」と言われた方の部屋を尋ねましたら、開口一番「ちらかってますでしょう」と言われました。そして、2番目には「洋服を着ても着物を着ても、昔のようにきちんと着こなせなくなりました」というお話をされました。若い時と比べて几帳面でなくなっていく自分のことを、ずっと見つめながら生活をしておられます。後期高齢期80代、90代を生きる方たちは、自分自身がいろいろな事をやりたいと思ってもなかなか上手く出来ません。
 あるいは、確実に出来なくなるということに向き合わなければいけない現実の中を生きておられると感じました。若い時と比べいろいろな事が出来なくなっていくことを、覚悟しなければならないのが高齢期だと思いました。しかも出来なくなっていく中で、他人の手に自分の生活を委ねるには相当の努力が必要です。他人に対して自分の老いた体をさらけ出し、入浴介助や排泄介助を受けなければいけません。
 高齢者の方にとって、自分の身体を自分の手で支えていた頃と同じように、他者の手というのはあてになるのだろうかと老後の不安を感じているのではないでしょうか。
 また同時に、私どもの社会は自分で身の回りの事が出来ることに価値がありますので、出来なくなった時に距離を感じるようになります。その時に起こる気持ちが自尊心の低下だと思います。そのような気持ちをどれだけ現場の中で受けとめながら、ケアを提供しているかが"尊厳"や"ケアの質"に深く関わってくると思っています。
 あるショートスティでお越しになった方が、たまたま体調が悪く夜間に失禁をしました。夜勤の職員がすぐに布団を取り替えて「おやすみ下さい」と促した時に、その人が「あなた方は、私が失禁した事をみんなに話し笑うのだろうな」と、話されたと翌日連絡がありました。つまり失禁という出来事は、私たちケアを提供する者にとっては、ちゃんと処置をして再びおやすみになるようにすれば良いということです。しかし、その人にとっては自尊心や誇りが打ち砕かれ、傷つく出来事であることを私たちが受けとめることが極めて重要だと思っています。
 実際、施設を利用される方は、厚生労働省の試算では平均4年半の利用期間だと発表されています。在宅においてもホームヘルプサービスやデイサービスを使いながら、次の所に行かれたり、亡くなるまでの時間というのは4,5年ではないかと思います。そうしますと私どもが関わる時間というのは、人生80年、90年から見ると、それほど長い時間ではありません。
 この『2015年の高齢者介護』の報告書を見ていますと、人生の時間を質として捉えるということが書かれています。私どもが関わる4,5年の時間を質として捉えるときに、私たちの手をあてにして、自らの生活を委ねながら自分の人生を仕上げていく時間だということを、私たちがしっかり受けとめながら関わることが "尊厳"を支えることに繋がっていくのではないかと思います。高齢で、しかもお身体に障害を持ったり、痴呆になった方たちの4,5年の時間は、実はその方たちにとって大変重い時間でもあり、またそのご家族にとって大変な時間だと思います。また、私たちケアを提供する者にとっても、その方々の生活を引き受けるという意味で、大変な課題を与えられる時間だと思っています。
 さらに、介護保険や社会福祉法によって福祉現場では、利用者本位のサービスを提供するということでいろいろな課題を与えられました。なかでもサービス計画作成、ケアプランの作成が非常に重要だと思っています。なぜかと言いますと、20世紀の福祉は個別援助計画という形で、利用者の方たちのサービスについて専門職が立案してサービスを提供するという取り組みでした。課題となったケアプランというのは、一人ひとりの福祉の実現をするための計画を作成することであり、その中に利用者の方やご家族の方たちの参画・同意が求められています。これはサービス計画を媒介にして、利用者やご家族の方たちのニーズだけでなく、どういう生活を送りたいかという要望や希望を、サービス計画の中に反映できる状況が出来上がったといえます。
 そういう事を通して、人生の仕上げの支援をしていくことを考えなければいけないと思っています。介護は自立支援であると言われました。「自立支援」という言葉をめぐっても「自己決定・自己選択」ということが言われていますが、それと同時に長い人生の中で高齢者の方たちが大切にしてきたことや考えてきたことの中には、思想信条から思い出の品々までいろいろあるかと思います。そういったことを周囲の支援をする者も大切に考えようということが、自立を支える、尊厳を支えるケアに繋がると思っています。
 2015年という先の話ではなくて、14,5年前から既に福祉現場の中で問われているのだということを、もう一度ここで確認させていただきたいと思います。

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