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第8号合併号   NEWSLETTER   大阪地域医療ケア研究会   2004年10月10日発行


講演&ワークショップ

「どうすれば痴呆高齢と適切にコミュニケーションできるか?」
〜バリデーションは援助的コミュニケーション(カウンセリングの基本スキル)からひも解くと簡単になる〜


梁 勝則 氏(はやしやまクリニック院長、日本ホスピス在宅ケア研究会事務局長)


痴呆のステージ

 痴呆にはステージがありまして、バリデーション法で規定されているステージというのは、主に『認知障害』と『失見当識』です。
『認知障害』は、比較的軽いステージで記憶障害に由来する思い込みや誤解に基づく混乱した言動が見られる状態です。他人を非難することが多いです。
『失見当識』のステージは、痴呆がかなり進んだ状態で過去のものが現在に甦ってきます。「ここに赤ちゃんがいる。」と言うのが失見当識です。時間や場所や人や物を誤認してしまいます。多くの痴呆性高齢者の方がこの失見当識にとどまりますが、更に進行しますと言語的コミニュケーションができなくなって、同じ事を繰り返す動作に進んだり、或いは身体を動かすことも歩くこともできない植物状態になって多くは肺炎で死亡します。多くある問題行動、言動ですが、これには全て理由や背景があります。
 混乱した問題行動は主に三つの理由で起こります。
 一番目は愛情が満たされていないと感じる時。周囲から怒られたり、冷たくされたり、無視されたり、指示命令されたりすると問題行動が起きます。例えば、歩きたがる人に「危ないから歩いては行けません。」と指示命令しますと必ず問題行動が起きます。
 二番目に役割を見いだせないと感じる時。これは何もする事が無い時やさせてもらえないとき。この時によく起きるのが帰宅願望です。することが無いときによく帰宅願望がおきます。
 三番目に感情が発散できないと感じられる時。怒りや悲しみの表現を禁じられた時に問題行動が起きます。なぜ、その問題行動が起きるのかということを見つけ発見することがケアの手掛かりになります。別の見方をしますと問題行動は先のどれかに起因します。痴呆性高齢者の感情やプライドは正常に保たれています。皆さん親になった方はわかると思いますが、五歳や六歳の子供の感情やプライドは大人に近いものがあります。その感情やプライドが傷つくと問題行動が発生します。私達が子供に向かって「あなたは何で勉強しないの」と言った時に子供が「申し訳ございません。明日から勉強します」という返事が返ってくることはまずありません。大抵は、「うるせー」とか「ババァ」とか返ってきます。つまり、感情やプライドを傷つける言動をしますと問題行動が発生します。具体的には過去との対決です。未解決の過去の問題が問題行動として甦ってきます。過度に忍耐や感情抑制を余儀なくされた未解決の感情体験が甦ってきます。また、現在の辛さや居心地の悪さが問題行動を起こしています。帰宅願望の多くは現在の辛さや居心地の悪さです。痴呆を悪化させる対応を虐待的処遇と呼んでいます。それには幾つかあります。まず一番多いのが、指示したり、命令したり、アドバイスしたり、説得することです。「食べなさい」「寝なさい」「じっとしていなさい」とか、こういったアドバイス、指示型の言動は問題行動を誘発します。しかし、してもらわなければいけない時もありますので、そういうときは命令言葉ではなくて、お誘い言葉を使うと良くなるかもしれません。「一緒にたべましょうか」「一緒に寝ましょうか」「ちょっとじっとしていましょうか」とか、そういうお誘い言葉やお願い言葉を使うとちゃんと応答されます。
 それから間違いを指摘し現実を直視させると問題行動が悪化します。「昨日言ったのにもう忘れたの?」「さっき言ったばかりじゃないの」とか、或いは妻を呼んでいる人に対して、「奥さんはもう死んでいるのよ」と現実を直視させることは問題行動を悪化させます。「そんなことしちゃダメ」と否定した場合も悪化します。理由を問うても悪化します。手洗いの所でうんこしている人に「何で手洗い場でうんこするの?トイレはあっちでしょ。」と理由を聞くと悪化します。また、無視して視線を合わせないと問題行動は悪化します。問題行動というのは、このバリテーションを用いて適正にコミニュケーションしたからといってすぐ治るわけではありません。コミニュケーションをしながらゆっくりとだんだん良くなっていきます。コミニュケーションが足りなければ足らないほど問題行動が悪化し、コミニュケーションが充分になればなるほど徐々に問題行動は減ってきます。ただ実際には、問題行動がゼロになることはありません。


バリデーションセラピー


 バリデーションに要する時間はそんなにかかりません。一回につき数分から十数分で、必要に応じて一日に何回か繰り返します。軽症の人は周囲の人の目を気にします。質問にもありましたが、痴呆の人は自分が痴呆になったことに気づいていますので、軽症の人には一対一の環境の所で行うようにします。落ち着いてきたら日常のコミニュケーションの中でさりげなく行います。
それでは練習をしてみます。まず、傾聴、反映、質問の『反映』の練習をします。
『反映』の仕方は相手の言うことを繰り返す。それから極端な言い方をする。極端な言い方をすると「あなたの言ったことをきちんと聴いてますよ。」「あなたの言ったことがわかりますよ。」と共感の態度になります。

技法3 リフレージング(反映)
 相手の言葉を繰り返す。この技法を用いた言語的なコミュニケーションの仕方はどうしたらいいでしょうか。

●事例1「財布を盗まれた」
  技法3「財布を盗まれたんですか」 従来の対応では、「誰も盗んでなんかいませんよ」「何処に置き忘れたんでしょう」「一緒に探しましょう」でした。

●事例2「腹減ったご飯まだか」
 技法3「ご飯食べてないんですね」
  従来の対応は、「今、食べたばかりでしょう」「食べたこと忘れたの?」「もうちょっと待ってね」が従来の対応でした。今、食わしたばかりと思っているのに、ご飯まだですねと言いにくいですね。でも、それを言って頂きたいのです。そうすると相手の気持ちを認めた事になります。


技法3 リフレージングの後、質問をしてみて下さい。


●事例1「ベランダに人がいる。」
 技法3「ベランダに人がいるんですね」
 質問 「どんな人がいますか?」
 今までなら「ちょっと見てくるわね」ドアを開けて「あら誰もいなかったわよ」或いは「植え込みだわ」また15分ぐらいするとベランダに人がいる。この繰り返しになりますね。

●事例2「天井に蛇がいる」
 技法3「天井に蛇がいるんですね」  
 質問 「蛇は大きいですか?」
 他、「蛇は大きいですか?」「どんなへびですか?」あるいは「その蛇は動いていますか?」 となります。


技法4 極端な言い方をする
 その人の気持ちを強調してハッキリと認めてあげる。


●事例1「今日のご飯は食べれたものじゃない」
 技法4 「そんなひどい味でしたか」 「今までで最悪の食事ですね」と強調してあげます。

技法5 反対のことを想像する
 技法3のリフレージングの後、質問をして、その後反対のことを想像して質問してみて下さい。

●事例1「最近、娘が全然会いに来てくれない」
 技法3「娘さんが会いに来てくれないんですね」
 質問 「会いに来られたら何を言いたいですか?」
 技法5「娘さんが会いに来てくれた時はどんな気持ちでしたか?」と言う風にして娘さんとの想い出話に持っていく。

●事例2 「今日のご飯はまずい、食べれたもんじゃない」
 技法3 「今日のご飯は食べれたもんじゃなかったんですね」
 質問  「どんな物が食べたいですか?」
 技法5「以前どんな時に美味しい食事をされましたか?」 と食事にまつわる想い出話をする。
 技法6 思い出話をする
 本人がとうに忘れてしまった問題への対処方法を昔の記憶から引き出す手助けです。リフレージングと昔のことを尋ねる方法の想い出話で質問してみて下さい。

●事例1「この頃夜、眠れなくて」
 技法3「夜、眠れないんですね」
 技法6「子供の頃はどうやって寝かしてもらいましたか?」
  他には、「若い頃は眠れないときはどうされましたか?」と若い頃の対処方法を思い出してもらう。想い出話をすることは思い出してもうらこと。


帰宅願望のある痴呆高齢者の対応


 帰宅願望についてはコミニュケーションの問題もあるんですが、今現在の心理的な背景が大きいです。まず、自分の知らない場所に居るという事。皆さんも知らない場所に来たらすぐそこから出たくなりますね。それから居てもすることが無く、役割が無い。役割が無いということは趣味も遊びも含めてすることが無いということです。女性の場合特に役割がないと辛いですね。それから孤独である。ひとりぼっちでみんな知らない人ばかりで、仲間がいない。こういった場合には、帰宅願望がおきます。従って「家に帰ります」と言った時に「どんな家ですか?」「家族はどんな人が待っていますか?」と言うのもある程度有効なんですが、実は今その人がいるデイサービスやデイケア、特養とか老健やグループホームが居心地の良い場所と感じなければ、帰宅願望は無くなりません。知っている場所で趣味や遊びがあること。或いは掃除、家事の役割があって顔なじみの人がいて且つ友達がいるという状況であれば帰宅願望が減ります。取りあえず対処としてよくやるのが、ぐるりとその辺りを散歩して、「ただいま」と言って帰るような対処を取ります。しかし、継続的な対処、つまり、顔なじみの関係を早く作るとか掃除をしてもらうなど役割を持ってもらう。或いは会話をするとか趣味を通じた仲間を作るといった、その人がその場所でいても良いと感じられるような対処が必要です。その中にコミニュケーションもありますが、コミニュケーションだけでは実は帰宅願望は解決しません。なじみの関係になることと役割を持つことが重要です。その為には実は感謝の言葉を絶え間なくかけるということが重要です。つまり、その人が役に立つという意識が非常に居心地がいいのです。何か役割を果たして頂いているんですよということが特に女性には必要です。「ありがとうございます」「助かりました」「あなたのおかげで助かります」といった感謝の言葉をその人に降り注いでいくことがその人の役割の回復、役割感の回復に繋がります。

*1)ナオミ・フェイル(Naomi Feil)
 アメリカ合衆国、オハイオ州のクリーブランドにあるバリデーショントレーニング協会の専務理事。アルツハイマー型痴呆あるいは、それに関連する混乱状態にあるお年寄りのための最高のセラピーとして世界中で現在認められている、バリデーションの創始者。

*2)バリデーション
 バリデーションとは、アルツハイマー型痴呆および類似の痴呆症と診断されたお年寄りとのコミュニケーションを行うためのセラピーの一つです。 本人が経験していることを否定しないで、それが本人にとっての「現実(真実)」であることを受け入れ認めることです。

【参考図書】
「バリデーション−痴呆症の人の超コミュニケーション法−」  著:Naomi Feil / 筒井書房

■プロフィール■(敬称略)

梁 勝則(りゃん すんち)

群馬大学医学部卒業、八尾徳洲会病院、兵庫医科大学、神戸朝日病院などで内科医として勤務。 1992年 神戸市長田区に林山朝日診療所を開設。
1992年 有志と共に日本ホスピス在宅ケア研究会設立
1995年 訪問看護ステーション「わたぼうし」開設
2004年 ミニホスピスとグループホームの複合型施設設立

<著書・共著>
『現代日本文化論6 死の変容』岩波書店
『退院後のがん患者支援ガイド』プリメド社
『ボランティアと呼ばれた198人』中央法規出版
『在宅ケアをしてくれるお医者さんがわかる本』同友館
『ホスピス入門』行路社

 


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