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第13号   NEWSLETTER   大阪地域医療ケア研究会   2006年6月20日発行


第4回研究大会 基調講演T
テーマ 「医療制度の改革と地域医療」
京都大学大学院経済学研究科 教授 西村 周三 氏


地域完結型の医療の推進


 今の日本の社会の状況は非常に難しくなっています。ご承知のように「格差社会が拡大している」と、毎日のように新聞をにぎわしています。医療との関連で言うと、二つの意味で格差社会の問題が表れてきています。ひとつはお金持ちはますます金持ちになり、貧しい人はますます貧しくなるということがおきています。でもそれだけではなくて、医療を巡ってはもうひとつの新しい課題が出てきています。健康な国民と、病気の国民との格差です。地域医療の観点から、一番に注目する必要があります。
 若い人は次のように言います。「病気になるのは、病気になるやつが悪い」と考える人が結構増えてきています。常識では考えられない言い方ですが、自分の生活習慣を上手にコントロールすることによって病気にならないように努力するという面は確かにあります。「病気になるのは、病気になるやつが悪い」という言い方は少し正しいのですが、高齢の方などは病気になるのは本人の責任ではないのだから、社会が守るべきと私は考えています。しかし、それだけでは議論が出来ない時代がやってきたのです。健康な人も喜んで医療のためにお金を払おうという気持ちにさせるためにはどうしたらいいか。新たな課題が発生してきています。

 医療供給の体制に関しては、都道府県の役割は重要でしたが、医療費に関しては、従来は国の責任となっていました。しかし、いまは大きく変わろうとしています。いやみな言い方をするのですが、北海道の方と長野の方が同じ国民健康保険に入っていて所得が同じだったら、どちらが高い国民保険料を払っていると思いますか。意外なことに、長野県の方がたくさん払っているのです。平均ですが、実際かかっている医療費は北海道の方が1.5倍ぐらいです。従来の国の考え方は、北海道の人の方がたくさん病気になるのだから、長野の人がたくさん払うのは変だけど、長野の人も北海道の人も所得が一緒だったら同じだけ払うのがいいのではないかというのが従来の考え方です。しかし、どうして北海道が高いかというと、冬になると皆さんたくさん入院されるのです。なぜかというと家族が世話をしないから。長野は幸か不幸か家族が面倒を見ますので、冬になっても在日数は伸びないのです。どっちが負担する方がいいと思いますか。北海道の方も頑張って、工夫してもらわないといけないということが言えます。しかし、長野県では、こういう声があります。「確かに私たちは家族が面倒を見ております。そのために女性がどれだけ犠牲になっているか。」という言い方をされます。そうすると、いまの問題をどういうふうに負担して行くかということが、安易な問題ではないということがわかります。そして、医療費に関してもう少し地域に責任を持ってもらおうという流れが強くなってきています。従来言葉だけで連携と言っていたのを、急性期、回復期、慢性期、それから在宅の4つを切れ目無く医療の流れを作るために、どういう仕組みにするかということを、経済的な報酬も含めて、かなり強化するという方向がこれから進んでいくということになります。

地域医療体制の充実


  これからの地域の医療体制のあり方は、10年前から言われているのですが、選択と集中、あるいは集中と選択という言い方をします。限られた医療費をどのように有効に配分するかを考えなければいけない時代がやってきます。言い方を変えると少し歩いたらお医者さんに行けたのが今まで都市部であったけれど、それは少し犠牲にして、2つ病院があったのを1つにしてしまい、その1つを充実する、少し不便になる事を受け入れないと難しい時代がやってきます。そういった統廃合が今後も進もうとしています。
 今後のネックは何かと言うと、お医者さんが確保できないという話があります。従事する医師は毎年1.6%の率で増加しています。しかし、高齢者の伸びは毎年3%ぐらいで伸びていますから、トータルではお医者さんの供給は追いつきません。病気の数の増え方に比べてどうするかというと、選択と集中をしないとお医者さんの供給、確保という観点からは難しいです。どうしてもお医者さんは、たくさんの機能が集中しているところへ行きたがる傾向があります。そういうことも踏まえて、どう供給をするかトータルで地域の医療を現在の水準を落とさずに機能を高めていくかがこれからの課題となります。
 厚労省は、癌、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、小児救急を含む小児医療、周産期医療、災害医療、へき地医療、これだけに焦点を当てて、今言った地域医療計画で、どういう機能がどこにあるかを明示して、少し不便かも知れないけど、どこに行ったらどんな医療を受けられるかを明示しようという方向を打ち出してきました。

医療費適正化の効果

 国は今回、患者負担を別にしてどうするかというグラフを書きました。(図1)
患者負担を別にし28兆円ですと、非常に厳しいせめぎあいがあります。財務省や経済財政諮問会議は、患者からお金をもらうのはもっと増やして、混合診療も認めたらどうですかという議論もしております。
 問題は公的に保障する医療費はどうかということで、厚労省がこういう案を出しました。厚労省の予測は、28兆円から40兆円になり56兆円になるが、ピンクのところまで下げますという言い方です。グラフをご覧になるとわかりますが、経済財政諮問会議は黄色のところにして欲しいという言い方をしています。
 この黄色は年齢別(5歳きざみ)一人当たり医療費が、今と全然変化しないとした場合どうなるかという数字と大体似ています。高齢化が進むから、ほっておいても黄色ぐらいは行きます。その黄色の42兆円と56兆円はあまりにも違いすぎるのです。これは厚労省の説明の仕方の失敗で、こんなに上がる訳が無いのです。この試算は景気が良くなるとこのようになります。
 景気が良くなるとみんなの給料も上がり、お医者さんの給料も上げないといけません。その場合、56兆円になってしまいます。でも別にどうってことありません。実際に大事なのは、小さくて見えづらいかも知れませんが、カッコの中の数字が大事なのです。みんなの給料が上がると、分母の国民所得も上がります。そして医療費もその時は上がりますが、問題は対国民所得比、あるいは対GDP比です。現在対GDP比は5.4%です。このままいくと高齢化によって5.7%になり5.8%になります。あるいは現在国民所得費でいくと、7.3%ですが、7.7%になり7.8%になります。これぐらいは上がるのは間違いありません。確実です。
 実際に大事なのは、小さくて見えづらいかも知れませんが、カッコの中の数字が大事なのです。7.3%が7.8%に全然どうってことない豊かな社会のことを考えるとおかしくない額なのです。10.5%にいくとかなりきついという事が言えますが、こんなにならないと私は言っているのですが、それでは通用しないので、厚労省は赤をピンクにするという約束をしようとしています。

  先程の予測の赤にならないために、生活習慣病の予防の徹底、中・長期2025年ぐらいの時にどうするかということを考えて下さい。
 国際比較で言いますと、日本の医療費は非常に低いです。低くて平均寿命は世界一です。日本の医療費がどうして少なくすむか、また日本人が諸外国、先進国に比べて病気になる率が何故低いのかは、食生活です。日本人の寿命が長いのは、かなりの部分は食生活でした。正確に言うと0歳児平均余命に関しては食生活が非常に重要で、65歳時点の平均寿命に関しては医療がかなり重要、つまり最後の段階で長生きをさせる延命効果、医療はそうとう役立っておりますが、若い頃から病気にならないという意味では、食生活が非常に重要な役割を果たします。それがひとつ。
 それからふたつ目に、平均在院日数の短縮、在宅医療の促進、病床転換です。医療従事者の人達は療養病床もなくせというのかと現実問題として言っていますが、一言でいうとこれからは、いかに公と民が連携して、それぞれの急性期、回復期、慢性期、在宅を連携していくかということが医療費に関しても重要な課題となります。

生活習慣病対策の現状と今後の方向

 生活習慣病と言われる医療費が本当に多くのウエイトを占めています。国は、総合的な生活習慣病の対策を都道府県に委託して、強力にやろうとしています。糖尿病の医療費も1兆円あります。これをいかにコントロールできるかはこれからの日本の重要な課題です。具体的にどうするのかというと、まず1年かけて準備をします。20年度から国民運動をスタートしようとしています。

まとめ

 1つはクリティカルパス、特に連携クリティカルパス、医療機関をまたがるようなクリティカルパスの開発がこれからの重要なテーマとなります。当たり前ですが患者本位です。患者が中心です。
在院日数の短縮は従来から言われていましたが、こういう要請にますます拍車がかかります。

 それから今回のテーマで地域というキーワードの重要性がますます高まってまいります。そして最後に都道府県の役割を国は大きくしたいと考えております。
  宮城県の浅野知事が都道府県の役割を高めるために、「お医者さんをコントロールする権限が与えられないのにどうして医療全体を計画的に配置することが出来るのでしょうか。」これは大変鋭い反論です。都道府県単位でいろんな行政を進めようとしておりますが、そうすればするほど医師の問題が出てきます。実際に医局制度等、研修医制度の導入によって相当変化を遂げるとおもいますが、国も相当医師の供給のあり方について、思い切った施策をしないと、いま説明をしたことが成功しないということが言えます。ただ、厚労省が反論するので言っておきますが、へき地等に関しては力を入れてやろうとしています。しかし、大都市に関してはお医者さんに関しての供給のあり方、たとえば、病院の数も減るかも知れません。その時に適切にお医者さんがうまく再配置されるような仕組みをどうするか、まだまだこれから議論をしていかないといけない段階であるということがいえます。どうもご清聴ありがとうございました。(講演内容は編集の都合上一部省略させて頂きました)

■プロフィール■(敬称略)

西村 周三 氏

京都大学大学院経済学研究科 教授
専門領域  医療経済学、福祉経済学
1972年 京都大学経済研究所助手
1975年 横浜国立大学経済学部助教授
1981年 京都大学経済学部助教授
1987年 同 教授
1978−1980年および1985−1986年
      ハーバード大学非常勤研究員           
1990年  同 大学院経済学研究科教授
1999年10月〜2000年3月 同 研究科長
2004年4月 同 研究科長

<学会ほか>
日本経済政策学会理事、日本経済学会、日本財政学会
日本保険学会会員、日本保険医療行動科学会評議員
(財)医療経済研究機構企画委員
臨床経済学研究会(Society for Clinical Economics)幹事
厚生労働省社会保障審議会医療保険部会特別委員

<主要著書>
「現代医療の経済学的分析」(1977、メヂカルフレンド社)
「病院化社会の経済学」(1982、PHP研究所)
「医療の経済分析」(1987、東洋経済新報社)
「応用ミクロ経済学」(1989、有斐閣)
「医療と福祉の経済システム」(1997、筑摩書房)
「保険と年金の経済学」(2000、名古屋大学出版会)
「超高齢社会と向き合う」〔共編著〕(2003、名古屋大学出版会)

<訳書>
ドラモンド他「臨床経済学」(共訳)(1991、篠原書店)


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