医療記録の開示
 

● 情報洪水におぼれないで ●


神戸新聞で連載 No.1
さくらいクリニック 院長:桜井 隆(尼崎市) 

 最近、すこしずつだが患者さんと医者の関係が変わってきているように思う。
 一つは情報公開/開示という大きな時代の流れがようやく医療の現場にも押し寄せてきて、すべてお医者さまの言う通りという“おまかせ医療”から、情報に基づいてできるだけ自分自身で決めようという“自己決定の医療”へとゆっくりと、しかし確実に動き始めているということだ。
 もう一つは私自身の立場の変化、病院勤務医から開業医となり街角で医療をし、往診など在宅医療を通じてじかに患者さんとかかわることによる目線の変化である。病院という医療の牙が城の中での患者−医者関係は、どうしても医者が圧倒的に優位であるが、街のクリニックへ普段着でひょっこりやってくる患者さんとのやりとりや、こちらが相手の城である自宅へ往診にうかがった時の関係はもう少し身近なものとなるようである。

 そんな中で患者さんたちがいろんな医療情報洪水におぼれている姿を目にするようになった。クスリ漬け、検査漬けならぬ情報漬けである。マスコミや巷に氾濫する医療、健康に関するさまざまな情報に右往左往する患者さんたち。となりのおばさんの「赤や黄色の色の付いたクスリは副作用がきつい」というまったく根拠のない情報を聞いて、クスリをやめてしまったり、TVキャスターの一言でスーパーの売り場に行列ができる、なんてことにまったく....と腹をたてていたがふと気がついた。これは医者の説明が足らず患者さんが納得していない何よりの証拠ではないか。
 医者がとなりのおばさんや、TVキャスターよりわかりやすくきちんと説明し、患者さんがしっかり理解、納得していれば、なにもいろいろな情報に惑わせることはない。もし、となりのおばさんの一言で「このクスリ、大丈夫やろうか?」と心配になって飲むのをやめてしまったとしても「副作用が心配でクスリをやめた、なんて先生に言ったら怒られるから...」と内証にしておかないで、「実は先生、副作用が心配でクスリを飲んでないんだけど...」と素直に相談できる医者がいれば、次にどうするかを一緒に考えることができる。副作用について詳しく知った上で納得してクスリを続けるか、クスリをかえるか、クスリ以外の治療にするか、様子をみるか....。患者さんと医者がこんな正直な関係で医療を一緒にやっていければと思う。

 一方で医者も医療の不確実性や、医者個人の知識や技術の限界について、患者さんに正直に話していくことがお互いの信頼につながると思う。時には「えっ、そんなことも分かってないの?」という医療、医学の実態についても話す必要があるだろう。その時は「そんなこと言ったら患者さんに怒られるから黙っておこう」と医者が思わないように、やさしく聞いてほしいものだ。

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