医療記録の開示
 

● 私がカルテの開示をすすめたい理由とできない理由 ●


診療報酬に関する記載

 診療情報のなかでもう一つ重要なものにこの診療報酬に関する数字がある。
 消費者が金を払う時に初めて科金がわかるのは、すし屋とキタ新地の飲み屋と、病院、医院ぐらいである。私は初診患者や特殊な検査などで窓口での支払額が高価になりそうな人こは、あらかじめ概算科金を示して了解を得ている。一般的にはきわめて複雑な診療報酬のシステムを患者に説明して納得してもらうのはかなリ困難である。忙しい病院、医院の受付事務にさらに負担を強いることになる。診療報酬情報提供料を請求したくなる。
 最近、あまり望ましくない医療費自己負担増の動きもあるが、納得して払っていただくにはこれも説明と理解が不可欠てある。

「医療記録の開示をすすめる医師の会」との出会い

 新聞広告で「医療記録の開示をすすめる医師の会」の案内を見てフラッと参加した。会の主旨は、「患者の知る権利を尊重し、インフォ一ムドコンセントに基づく医療を前進させるために、医療記録の開示をめざす医師のネットワ−クを拡大すること」である。出かけてみると前に並んだシンポジストたち、中川米造、王瑞雲、辻本好子、橋本忠雄、近藤誠、藤崎和彦氏の面々は、みんな私がその著書を読んだりして関心を持っていた人たち。思わず本を持ってきてサインしてもらえばよかったなどミーハーなことを考えていた。

 会が進んで一般参加の市民や、弁護士さんの発言を聞いているうちに、開示といっても脳天気な私が考えているような単純なものではないことに気づいた。すなわち、カルテ開示に今、2つのうねりがあるということだ。一つは明るいポジティブな開示、医療者が患者にむかって診療情報を積極的に公開し、説明の上の同意、選択を通じて患者と連携しようとする動き。もうひとつは暗いネガティブな(というと語弊があるかもしれないが)開示、患者側から結果として満足できなかった医療の原因と責任を追求するために求めるカルテの開示である。

明るい開示と暗い開示

 明るい開示の推進では、さまざまな方法での試行錯誤が始まっている。カルテそのものをコピーして渡す、患者本人用の「私のカルテ」をつくる、診察室での質疑応答を録音して渡す、など限られた診療時間内でいかにして診療情報を患者に伝えていくかの方法論は、今後「医療記録の開示をすすめる医師の会」をはじめ、いろいろなところで論議されていくだろう。

 この積極的開示はおそらく情報提供にかかる時間と手間に対する経済的評価も求める方向ですすんでいくと思われる。ただし院長の裁量で実施が可能な個人の医院ではこれら情報開示の試みが比較的容易なのに比べて、組織としての病院での実施はかなリ困難だと考えられる。
 一方、患者サイドからの満足できなかったら医療行為に対して転院を求めまた、不信感から訴訟をも辞さないとカルテ開示の要求に関しては、多くの医療者がそれはちょっと、と警戒心を持つ。前述した“客観的情報”と、医療者の主観が混じって書かれたカルテの記録とは同じ診療情報といっても若干意味が異なるよう。みずからの考え(assessment)を記入したカルテには“著作権”が多少ともあるような気がする。だから全面的に見せたくない、というのではないが、初めから全面公開を前提とされると医者の診療録も、看護記録も若干違ったものになるかもしれない。

 もちろん医療機関が保管している診療情報を患者本人が知る権利は当然保証されるべきだが、現在では弁護士を通じた証拠保全という形をとらざるを得ない。そしてその時点で患者と医療者は訴訟を視野にいれて完全に対立してしまう。
 COML(ささえあい医療人権センタ−)を通じて医療問題の相談に携わり、弁護士との懇談に参加させてもらって思い知らされることは、いかにカルテの記載が大切か、そしていかに些細な行き違いが結果として訴訟につながる亀裂の始まりとなっているかである。日常診療のなかでカルテの開示をすすめることによって患者の希望、医療者の力量、そして医療の限界を確認しつつお互い納得できる治療を行なっていく。
そんな努力が必要だろう。

これからの医療記録開示

 もちろん普段の“明るいカルテ開示”の推進が、医療不信による“暗いカルテ開示”の状態を回避する最善の方法であることは言うまでもない。医療者は医療自体が不確実であることを認めてそれを患者にも伝え、患者もおまかせでなく主体性をもって医療を選択する時代に、カルテの開示は自然なことになっていくだろう。
 だがしかし、現在進行中の薬害訴訟などて糾弾されている権威主義と自己防衛に凝り固まった医者の姿をみると、医者サイドからの大きな改革はあまリ期待できそうもない。いまの医学界はまだまだ彼らや彼らの弟子が中心となって回っているからだ。

 そんな中、世間一般の情報公開の追い風を受けて「医療記録の開示をすすめる医師の会」の意義は大きいと考える。そして近い将来「医師の会」でなく「医療者の会」へと発展していく方向にあるべきだろう。医者以外の医療スタッフ、看護婦、薬剤師、理学療法士、作業療法士、X線技師、栄養士などが医療の信頼を取リ戻すためにできる工夫はいくらでもある。特に患者の一番近くにいてしかも専門知識を持つ看護婦さんたちこそ、現在の医療不信を少しでも改善し得る潜在能力を秘めていると思う。看護婦さんたちが診療情報の開示だけでなく患者の納得し、満足する医療の復権に果たす役割は大きいと期待する。

看護学雑誌 第60巻 第12号より

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