医療情報の開示
 

● 「誰のため、何のための医療情報開示か」 -1- ●


月刊薬事 3月号 特集 患者への診療情報提供はどうあるべきかより
      さくらいクリニック   院長:桜井 隆
http://www.reference.co.jp/sakurai/

「このこうせいぶしつとせいちょうざいはへいようきんきです。」
ある調剤薬局の窓口で薬剤師さんの説明を受けたた患者さんはただ黙ってうなづいた。(コウセイ物質?クスリじゃないのかな?成長剤?これ以上大きくならなくてもいいのに?キンキ?近畿地方のことか??)

情報公開、開示の流れがこの医療業界にも押し寄せている。行政サイドからは97年6月の原則レセプト開示の通達に続いて98年6月には厚生省の「カルテ等診療情報の活用に関する検討会」の報告書が出され、原則カルテ開示法制化へ向けてのスタートラインに立ったかの感がある。また薬剤情報提供料や入退院時の指導料、輸血に関する同意書等、患者への文章での提供を義務付けた上で情報提供に関するコストが診療報酬に認められるようになってきた。法制化と報酬、鞭とあめで情報提供を迫る行政サイド。
 一方患者、市民サイドからはインフォームド・コンセントに基づいた自己決定権の 尊重、医療情報に対するアクセス権への要求が高まっている。レセプト開示への道が出産時の死亡事故に関して陣痛促進剤の使用をめぐっての裁判をきっかけとした市民運動によって開かれたことは記憶に新しい。このように行政、市民の両サイドからの情報開示の要求に我々医療者はどのように対応していけばよいのだろうか。

医療記録とは?

 情報開示という観点から見る場合、一般に「カルテ」と不思議なドイツ語で呼ばれ るファイルに記載される情報を大きく2つに分けて考えたい。一つは処方されたクスリの名前、検査結果、画像記録、診療報酬などの客観的記録。もうひとつはいわゆる狭い意味でのカルテの記載、医療者の考え、アセスメントの混じった主観的記録である。客観的記録の提供に関しては比較的スムーズに進みはじめているといって良いだろう。本来検査結果など患者が料金を払ってさらに痛い思いをして得たデーター、当然患者の所有物であり医療機関は預かって管理しているにすぎず、患者の要求に応じて患者が理解できる形で提供するのが当たり前だ。
 一方の主観的記録、医療者の意見が書かれたいわゆる”狭義のカルテ”の開示に関しては記載した者の”著作権”?もあるような気がして全面開示にはとまどう医療者も多い。そこには「指示どおりクスリを飲まない、不定愁訴が多い、話が長い、、、」等患者に関するマイナス情報や診断、治療の過程での試行錯誤、といった医療の限界、不確実性が記載されているからだ。しかしそんな一時的なマイナス情報や不確実性が含まれているとしても、最終的に患者の疾病を治癒させる方向へと医療者が努力している過程である限り開示によって患者ー医療者の関係が根底から崩れてしまうことはないだろう。むしろ開示の要求を一方的に拒むことの方が不信を拡大するのは明らかだ。

カルテ開示の方法

 さくらいクリニックでは医療情報提供の方法としてこの分野のパイオニアでもある 橋本氏の方法を見習って「私のカルテ」という小さなノートを患者に配付し交換日記風にクスリの内容、検査結果、治療方針を記入し患者にも症状の変化や質問を書き込んでもらっている。慢性関節リウマチ等長期に治療が必要な患者には特に有用だ。この方法の利点は患者自身が情報を理解した上で管理でき、自らの健康、疾病に対する理解が深まると共に他の医療機関を受診する場合にも情報活用が可能な点にある。かかりつけ医、かかりつけ薬局などと称して情報と共に患者を抱え込もうとする医療機関の姿勢は根本から間違っている。医療情報は本来患者が理解したうえで自ら持ち歩き、希望する医療機関へ情報とともにアクセスする選択の自由が保証されるべきだろう。

クスリの情報開示

 基本はただ一つ「何のクスリかわかって飲む」ということだ。医療関係者で何のク スリか全く知らないで渡された錠剤をまとめてごくんと飲みほす人はいないだろう。それを患者には投与(投げ与える)と称して平気でおこなってきた。さくらいクリニックでは1992年の開院当時、薬剤情報提供料が算定可能となる前から診察室でクスリのサンプルを見せて処方するクスリを示し(図1)さらに薬袋に商品名を明記、各々のクスリに効果、副作用を簡単に書いたメモを付けて渡している(図2)。1枚の紙に処方されたクスリの説明を列挙するスタイルではたとえクスリの写真がカラー印刷されていたとしても、実物と一致して認識しにくい(特に高齢者では)ことが多く、各々のクスリに直接メモをつける方式が良いと考えてている。
 さらに待合室に”クスリのしおり”と”添付文書”を公開して希望者にはコピーし て渡している。これによって患者は家に帰ってからもどれが何のクスリか区別が可能で、たとえば「腰痛は治まったから痛み止めのロキソニンはもう止めよう、しかし血圧のレニベースは続けなければ、」というふうに、対症療法を目的としたクスリは症状の軽快とともに中止し、継続が必要な慢性疾患の治療薬は飲み続けるという自己判断(セルフケア)が可能となる。クスリの名前と効果を知って飲むことによって親しみがわきコンプライアンスが上がり、治療効果もよくなるというのは決して言いすぎではない。
 確かに当初はメモ作成の手間がかかるが、たつじいさんが
「先生、今度の風邪は鼻水がひどくて、、ダンリッチがええわ。」とかうめばあさ んが
「孫のことが心配で不安になってしもて、、デパスちょうだい。」
と商品を指名するようになるとかえって診察もスムーズになる。また私のカルテを用いて慢性関節リウマチ患者に少量のステロイド剤の自己管理をしてもらう試みもおこなっている。(ステロイド自己管理、慢性関節リウマチ 臨床と薬物治療 Vol.16.No3,221-224 97年)

indexnextback

(本文の無断掲載ならびに転写は、お差し控え下さいますよう、お願い申し上げます。)


[ HOME ]

(C) Copyright by Reference,inc. 1997-2005(無断転載禁止)