● モバイル機器をフル活用 出張検視サービス ●
ベンチャーリンク誌1998年7月号掲載
アメリカの医療業界では、ここ数年、吸収合併、ダウンサイジングがすさまじい勢いで起こっている。医療機関はコスト削減のためにサービスを次々とカットしており、検視サービスもその対象のひとつとなっている。1978年時には死亡件数全体の半分を占めていた検視件数は、今では5%に落ちているという。
「死亡件数は増えているのに、検視件数は激減している。その結果、検視医は職を失い、企業の利益に何の価値ももたらさない死者は単なる統計となり果てている。年間240万人の死亡者の死亡原因の10.5%が医療ミス、22%が診断ミスであることを考えると、これは恐ろしい数字だ」と語るのは出張検視サービス会社、Autopsy/Post= Services社長ビダル・ヘレラ氏だ。
同社では事務所を持たず、車で病院や葬儀会社に出向いて検視を行なう。ワゴン車にはポケットベル、ボイスメール、ファックス、電話、ラップトップ、プリンター、手術用器具、保存容器、写真撮影器具を搭載。フリーダイヤルにかかった電話はボイスメールにつながり、どこにいてもすぐにメッセージを聞いて連絡が取れる。通話を受信後、4〜8時間以内には検視に取りかかれる仕組みだ。検視自体は病院や葬儀会社の施設を使って行なわれる。
検視に必要な時間は、3時間から15時間とさまざま。予備的検視結果は6時間以内、完全な報告書は約20日で出せるという。検視サービスは休日も含み週7日、一日23.5時間(30分は瞑想時間)提供。検視料金は2000ドルからと、病院よりかなり安い。検視件数は平均一日数件。これまで一日に11件行なったのが最高だという。
同社では11人の検視医を契約ベースで雇っている。一般の検視のほか、法検視、毒性・血清分析、組織・臓器調達、発掘検視、アルツハイマー、多発性硬化症、ダウン症候群などの神経学的診断、医療写真撮影・ビデオサービス、医療機器リサイクル、映画・テレビ製作コンサルティングなどさまざまなサービスを提供している。
ヘレラ社長は、元ロサンジェルス郡検視長官室の副フィールド検視調査官。84年、遺体を持ち上げた際に腰を痛め、手術をしたものの回復せず、やむなく退職。その後、4年間車イスの生活を強いられ、医者からも「二度と歩けないだろう」という宣告を受けたが、リハビリを続けた結果、杖を使って歩けるようになり、再就職活動を開始。ところが、2000職に応募をしたにもかかわらず、障害者ということで雇ってくれるところはなかった。
88年、元同僚の紹介で、ある病院で検視を行なったところ、出張検視サービスとしてクチコミでまたたく間に広がった。そうしたサービスに対する大きな需要を確認したヘレラ社長は、Autopsy/Post= Servicesを設立し、フリーダイヤル番号1-800-AUTOPSYを入手したのである。
当時、自動車を購入する余裕のなかったヘレラ社長はバスを使って病院や葬儀会社を移動していたが、目的地に着くまでに3度も乗り換えなければならない。そこで、近所のガレージセールで中古車を100ドルで購入。器具は病院のものを借りて検視を行なった。こうして同社のサービスの原型が完成、いまでは全米各地から依頼が相次ぐまでに成長した。
「当社のようなサービスが普及するのは、検視技師を育てる教育機関がないのも一因」だとヘレラ社長は語る。ヘレラ社長は、20年前の人気TVシリーズ「Dr.= 刑事クインシー」のモデルともなったロサンジェルス郡検視長官、日系アメリカ人のトーマス・ノグチ医師のもとでボランティアとして検視技術を身につけた。しかし郡は、現在は責任問題を憂慮し、ボランティアの活用には消極的だという。
現在、検視依頼は南カリフォルニアだけでなく、全米、海外からも寄せられる。遠隔地の場合、遺体がロサンジェルスに飛行機で運び込まれる。医者はたいていファーストクラスを希望し、宿泊費用もかさむため、貨物扱いとなる遺体を運んだ方が費用が安いからだ。検視後は、埋葬の国の場合、死体を送り返し、火葬の国の場合、アメリカで火葬し、遺骨を送り返す。
しかし、実際には、問い合わせてくる人のほとんどが検視を必要としない。検視が必要なのは、ピンピンしていた人が急死し、家族の人が死因を確認したいというときくらいだそうだ。
「故人は守られ、声を与えられるべきである」がモットーの同社では、臓器移植、研究、献体など、“死のポジティブな部分”に関する社会の認識を広めることを使命としている。「『人の不幸で金もうけをして』という見方が強く、社会は葬儀会社に対し非常に誤った認識をしている。実際には、大災害などが起こったときにいち早くかけつけ、無料でサービスを提供するのは葬儀会社であり、組織や臓器の摘出を無料で行なったり、捨てられた赤ん坊の遺体の埋葬を費用を負担して行なうのも葬儀会社である」とヘレラ社長。臓器調達に関し、葬儀会社のサポートは大きいという。
死のポジティブな面に対し社会を啓蒙するため、ヘレラ社長は、葬儀会社、医大、病院、臓器組織移植機関、医療機器のリサイクリング機関をインターネットでつなぎ、情報交換の促進のために、管理機能を集中化させた総合リソースセンターを計画中だ。インフラ作りには、全米組織バンクと全米脳バンクの支援を受けている。
1-800-AUTOPSYの名を全米だけでなく、海外にまで知らしめ、揺れ動く医療業界に旋風を巻き起こした同社には、これまでいくつもの買収の申し出が寄せられた。1500万ドルをオファーされたこともあるという。しかし、「株主に答えなくてはならないHMO(民間の医療保険組織)のようにはなりたくない。それではこの業界を改革できない。出資を募るつもりはない」というヘレラ社長は、巨額の資金がなくても全米、世界に進出できるフランチャイズ形式を選んだ。今後、7年で、全米72都市、日本を含め16カ国にフランチャイズ網を広げる予定だ。申込数はすでに3200件に達している。 米国ニュービジネス発掘 |
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