事例 3)−2
注意書き:本件には脳神経外科学からの鑑定意見書も提出されている。
(事例 3)−1参照)
1.事案の経過
(1) 出産に際して脳出血を発症し、治療の遅れのため後遺症を残している。
(2)基礎疾患として妊娠中毒症があり、かつ陣痛促進剤投与中のため、その間に母体の血圧監視義務があるにもかかわらず、血圧測定行なわず、母体の高血圧状態を見逃し、そのため、脳出血を発症するがままに放置した。
(3) 脳出血発症後にも6時間放置されて、診断のため、転院が決定されたのは、7時間後になった。
2.判決の内容
(1) 妊娠中毒症であることを認めた。
(2) 高血圧と脳出血の因果関係を認めた。
(3)脳出血の予見可能性を認めた。
(4) 基礎疾患の存在と陣痛促進剤の使用から、血圧監視義務を認めた。
○ 医学的に妥当な内容である。
3.各意見書の判決への影響度
(1) 第一審判決に対して、裁判所鑑定が100%影響している。
(2) 第二審判決に対して、当会鑑定意見書が反対に100%影響している。
4.意見・感想(当会鑑定医)
(1) 最初の関門になったのは妊娠中毒症に罹患していたかどうかの点であった。大学名誉教授の意見書は、米国の基準を持ち出してきて、妊娠中毒症に罹患していなかったと言う。裁判所は、日本産婦人科学会の定めた基準に従うとして、大学名誉教授の意見書を斥けた。このように、妊娠中毒症かどうかが争点となる場合、大学教授鑑定はほとんどすべてと言っていいくらい米国の基準を持ち出してくるか、あるいは、某大学医学部助教授の著書を引き合いに出す。その見解は米国の妊娠中毒症分類の受け売りである。つまり常套手段化しているのである。
(2) 高血圧と脳出血との因果関係が次の論点になった。裁判所鑑定は、分娩第1期、第2期には陣痛の間は、いきみも加わり、血圧が上昇するのが当然とする見解を述べた。したがって、因果関係はないとする。これは、産婦人科学体系という体系書の中の、ある1巻に、外国の研究文献をそのまま引用している記述があり、それを孫引きしたものである。地裁判決はこの見解を鵜呑みにした。
私が、裁判所鑑定が真実を述べていないと感じたのは、まさにこの1点にあった。脳出血を発症して、意識が朦朧とし、足にも力が入らない状態になっている妊婦がいきめるわけもないし、また血圧測定の連続的な記録があるのを見て、そのすべてを陣痛の最中に測定したと判断するのは不自然であると、私は意見を述べた。
これが高裁判決の採用するところとなった。
(3) 第3に、脳出血発症の予見可能性が問題になった。大学名誉教授の意見書は、妊婦が脳出血を発症することは稀だから(0.002%以下)、予見可能性なしとした。つまり単純素朴な頻度の論理である。高裁判決はそれを斥けた。私が意見書に書いた方を高裁は支持した。私の論理は、妊産婦死亡に焦点を絞った場合、脳出血による死亡は13.7%を占めるから、頻度論として稀ではあっても、産婦人科医としては脳出血が発症しないかどうかに関心を持って当然であるとした。
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