医療事故調査会


医事関係訴訟委員会への要望書
■全事例
 

事例 10)

1.事案の経過


 平成3年、自転車に乗っていた被害者(当時60歳女性)が乗用車と衝突し、急性循環不全(消化管出血)で亡くなった。
 この事故に対して、原告はストレスによる急性胃粘膜病変による出血が原因であり、この死亡は交通事故を原因とするものであると主張した。

(1) 被告側は事故と循環不全による死亡の因果関係を否定し、裁判となった。
  被告側は大学教授の鑑定意見書を出した。
  結論は、
   「部検なくして、直接死因は不明といわざるを得ない」
  であった。

(2) これに対して原告側は、当会の鑑定意見書を提出した。
  結論は、
   「原因を外傷後の急性胃粘膜病変に求めることは無理のない推論である。」
  であった。

(3) 被告側はこの(2)の意見書に対し、再度大学教授の反論書を提出した。
 内容は、
  1) 医学的見地から新たな所見を述べたものではない。
  2) 当会鑑定書に対する批判が露骨である。その極端な文面は、 「これらの病態の有無を無視した議論は臨床家としていかがなものか。」 「医学的実証をまったく無視した意見である。」 「極端に偏見的な鑑定意見書といわざるを得ない。」 といった言葉に端的に現れていると思える。
  3) 本件で問題となっているストレスという意味について、現代の救急医療領域では常識となっている、肉体的なストレスと、急性胃粘膜病変に関して、基礎的な知識の不足が見られた。 ここまでで第一審は結審し、原告側の勝訴となった。しかし、被告側は控訴し、

(4) 被告(控訴人)の鑑定申請により大学救急医学教授の裁判所鑑定を提出した。
  結論は、
   「科学的および医学的に事故と死亡の因果関係を明らかにすることは出来ません。」
  であった。
  この鑑定書には『当会鑑定書にみる問題点』として前述(2)の鑑定書についての批判が縷々述べられている。
 1)現状から見る限り事故は大きく、(被害者に)重大な損傷を生じた可能性が高いとしているが、これは全く想像であり、本末転倒した非科学的なものだと断じている。
 2)肉体的ストレスによる消化管出血を頭部外傷や熱傷のみに限局して考え、肉体的ストレスによる胃粘膜病変だとする(2)鑑定書は非科学的展開に過ぎないと述べてい る。
 3)(2)鑑定書は全く個人的な見解に過ぎず、(1)(3)の被告側鑑定意見書の方が、医学的常識に立脚していることを結論にしている。
 4) さらに奇妙なことには、最後にいたって、自己の現在の立場、あるいは御自分が過去の学会で会長等の世話役を重ねたことを証拠として、あたかも自身がその道の第 一人者であるかのごとき印象を与えようとしている。
 これは『大学教授鑑定書』に特有な、代表的な誤ちの一つだといえる。学会の会長、 理事等の役職は、本人が行っている医療の質とは全く関係のないところで決められ ることは、医療関係者ならば十二分に理解しているところである。それを敢えて鑑定 書という公文書の中に持ち込み、脚色することはまさに噴飯ものだと思える。

 この鑑定書を受けて、原告側弁護士は当会鑑定医に再度の面談を申し入れられた。「(4)の鑑定書を示され、どうしましょうか、反論書を書いていただけないか」という依頼であった。これに対し当会鑑定医は、(3)の鑑定書と(4)の鑑定書を読まれて、弁護士自身がどう感じられるか訊ねた。答えは「感情的でエキセントリック、かつ個人的な感情が混じっているように感じられる」とのことだった。当会鑑定医は、「全くそのとおりであり、(裁判所鑑定医との個人的な関係を少々説明)これは裁判官が良識をもって判断してくれることだから反論書は書きません。むしろその方が良いと思います」と答え、反論書作成の依頼をお断りした。

結果は原告側の全面勝訴、控訴審は和解で解決となった。

2.判決の内容

 判決文に書かれた内容は大変に立派な、医学常識を逸脱しない妥当なものであると思う。
特に(4)鑑定書の1)で完全に否定された、衝突した車の被害程度から事故の大きさを想定し、被害者に大きな損傷があったであろうと推測している部分などは医学常識ばかり か一般常識とも合致する、大変魅力的な判決文だと評価する。

3.各意見書の判決への影響度


  それは裁判官のみが知りうることで、何とも答えられない。 この事件の経過中に、3人の医師によって4通の意見書が出された。そこで影響の度 合いを全体で100%とし、各々の鑑定書がどの程度の影響を与えたかを想像してみる。
 (1) 20%
 (2) 70%
 (3) 10%
 (4) 0%(控訴審)
  最後の鑑定書はむしろマイナス要因となったのではと想像する。

4.意見・感想(当会鑑定医)

  自分の意見と異なる意見が出された場合に、ムキになってその意見を潰しにかかる点が (3)、(4)の鑑定書には見られた。(1)と(3)の鑑定書は、同一人物が書かれた文とは思えな い部分が、まま見受けられる。プライドの高い方の一般的な反応かと思えた。
先にも述べたが、(4)の鑑定書に見られるような物言いと態度が、多くの大学教授鑑定書 に見られる共通点だと思える。権威を露骨に、もしくは暗に振り回す、といってよかろう か。

 

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