●8月3日 月曜日 | |
午前4.00起床。喉が痛み、いささか熱っぽい。乾燥・埃によるものかと思ったが、何のことはない、ルームサービスが気をきかしたのだろう、クーラーの音がする。それほど温度には影響ないので昨晩は気づかなかったが、細菌をばら蒔いてくれたのだろう。すぐにポンタール・バナンを服用する。この処方で24時間後には全く回復したから相変わらず、日本の抗生物質はケニヤではよく効く。 とりあえず我が家と病院に電話をする。体調の異常は心配させるだけなので伏せておく。日本は大過なしとのこと結構結構。日記を少し書いて明け始めたナイロビをぼんやり眺める。赤道のやや南にあるが朝6時過ぎには日が昇る。さすがに人は少なく時折車が、今や日本では見られない青みがかった排気ガスを遠慮なく吐き出してあわただしく行き交う。大学の方の建物は静かでまだ目覚めていない。熱いシャワーを使ってすっきりして6時30分朝食へ。熱があっても、喉が痛くてもしっかり食べるのだ。
フロアーマネージャーがゆっくりと近づいてくる。ジャンボ、ダキターリ、ハバリ? ムズーリサーナ(結構結構)と答え、すぐに少し喉が痛むと続ける。では熱いコーヒーを持ってくるように伝えよう、なんてかなり格好つけて去っていく。今日もオムレツ・ベーコン・ソーセージ・ポテトを中心に野菜サラダ、果物を多い目に摂る。
早速パンバ先生のお宅に電話すると早くも出勤されたとのこと。大学で先生をキャッチして見学を依頼し快諾頂く。先生の御子息であることは後程判明したが、若いかたがわざわざ迎えに来て頂いたのにはおおいに恐縮する。徐々に熱が上がっているようだがポンタールに期待してかまわず予定どうり進める。ケニヤッタ国立病院は想像していた悲惨さはなく、2000床の病院と医学部が同居しているにもかかわらずむしろちゃんと整備され、外来も忙しそうである。
腹膜透析も積極的に進めている。もちろんエイズの患者はいずれの治療からも遠ざけられている。日本が寄付した集中治療室はしっかり運営されている。機械類は透析も含めて日本からのものが多い。メンテナンスも以前よりよくなっているようだ。循環器の部屋には超音波検査の3世代くらい前の器械があった。経食道エコーが撮りたいのだがこれではできないとぼやいている。心臓カテーテル検査室は古いタイプのフィリップス社製の器械だ。清潔度が問題だろう。冠動脈疾患はいまだ少なく、弁膜症、先天性心疾患、感染性疾患が多いとのこと。どの科も感染症を無視できない。消化器疾患も多く、内視鏡も活発にやっているという。活発といっても日に5−10例程度で、それも上部・下部合わせてである。このあたりのポレポレ(のんびり、ゆっくり)診療はあまり改善していない。
カナダ他の国からの援助でできたSexually Related Disease Centerでは HIV, Syphilis, Chlamydiaを調べているが一日の処理検体数は10検体くらいとのこと。もうちょっとがんばろうよ。なに?このポレポレがいいって?そうかね。それでは数百人レベルのサーベイは不可能ですよ!
どうもふらふらするのは熱のせいかな。ホテルに戻ってポンタールを追加し、さっとシャワーで冷やして、昼食に降りる。さすがに胃が弱ったのか食欲は落ちている。それでもスープ、魚、カレー、ポテトは入る。少し横になった後スティファンとドライバーのイサが迎えにきてくれた。 スティファンと料理をビュッフェ形式に変え、内容をベターなものにするように依頼する。シャンペンがないのでワインを選ぶ。お二人の子供さんと一緒にパンバ先生がこられ、菊本さん、ブイボ先生も前後して到着される。浴衣がなかなか似合ってよろしい。パーティをはじめる前に明日の検診の段取りを話し合う。ルシールパンバ先生も診察に協力いただけるのと、ブイボ先生が午後2時ごろにマトマイニに来ていただけるそうで大変うれしくなる。このような検診活動はナイロビ大学からの承認と協力を得ないと違法行為になる。なんといっても我々はケニヤの免許を持っているわけではない。いかに善意の行為とはいえこのけじめは大切である。一応の段取りが決まってパーティをはじめる。疲れているのか若者の食欲もさほどでもない。小生も一皿しか入らない。ワインはおいしいが。パンバ先生らは八時三〇分ごろにお帰りになり場所を隣のバーに移して歓談する。しかし小生も熱が上がってきているようで先に失礼する。ウイスキーで消毒しクラビットを追加してやすむ。明日は元気になっていることを期待して。
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