医療情報の開示

 
● 診療情報開示の実際、診療所として ●


提供: さくらいクリニック  院長 桜井 隆
http://www.reference.co.jp/sakurai/

 
 
 情報は利用者が理解して自ら利用できる形で提供されて始めて価値のあるものとなる。各分野の専門家はそれぞれの持つ専門知識を一般人にわかりやすく説明し、理解してもらう責任がある。残念ながら日本では専門家は専門分野での権威を保つ ために情報を明らかにしないという方法をとってきたように思える。 ”不可知の上 にのみ存在する権威”とでも言うべきだろうか。特にこの医療業界でその傾向が顕著に見られたといって過言ではないだろう。

たとえばクスリは”門外不出の秘伝の妙薬”であったし”黙って座ればピタリと当たる”のが名医であった。今こういっ た不可知、知らせないこと、によってのみ保たれてきた権威は情報公開、開示の流れに押し流され消えようとしている。いわゆるインフォームド.コンセント料の診療報酬への上乗せとカルテ開示の法制化へといった”アメとムチ”の両作戦で情報開示を迫る行政。
一方市民サイドからはインフォームド.コンセントに基づいた自己決定権の要求、そして続発する医療ミスの再発予防、危機管理を求めての情報開示への流れ。この両サイドからの情報開示の要求に対して我々医療者の対応は遅れ ている。一番患者と身近な存在であるべきプライマリーケア医として診療所の医者 ができる医療情報開示、とはどんなものだろうか。

1.客観的情報
 
 医療情報と呼ばれる物を便宜上大きく2つのカテゴリーに分けて話を進めたいと思う 。
一つは検査結果、クスリに関する情報、レントゲンなど画像そして診療報酬といっ た客観的情報。もう一つは医師、看護婦等医療者の主観の混じった記録、アセスメ ントなどである。客観的情報の開示に関しては比較的スムーズに進んでいるかに見えるが、ざまざまな問題が起こってきている。それは情報を一方的に提供するだけ で患者が理解して利用できる形で提供できていないという点と特にクスリの副作用 や合併症などといったリスクの説明の場合であろう。

●薬剤情報
 薬剤情報提供料の算定が認められ、薬剤師法の改正によって薬剤師に説明義務が課せられた、この二つの要素によって薬剤情報提供は比較的進んでいる。しかしいまだに「副作用情報を患者に提供すれば患者がこわがってクスリを飲まなくなりコンプライアンスが悪くなる。」という医療者がいる。これはある意味で自ら患者との コミュニケーションギャップを認めていることになる。すなわち副作用がこわくてクスリを止めた患者がそのことを医療者に伝えられない「副作用が怖くてクスリを止めたなんて先生に言うとしかられる。」ということだ。

患者が次回に受診して副作用を心配してクスリを止めてしまったことを正直に伝えてくれれば医療者は次の ステップ、もう一度リスクとベネフィットを説明して納得して飲んでいただくか、 クスリを変えるか、クスリ以外の治療法、あるいは無治療で経過を観察するか、という選択が可能であり決して治療は中断しない。
情報の双方向伝達を阻害し治療を 中断してしまうのはこういったコミュニケーションギャップが患者ー医療者間に存 在するからだ。

●診療報酬に関する情報

  診療報酬も本来極めて客観的、確定的な情報のはずだ。しかし未だにコストに関する情報開示は進んでいない。最後にレジで支払うまでいったいいくらかかるか見当 もつかない、とうのはぼったくり飲み屋か医療機関ぐらいのものだ。
厚生省は97年6月に診療報酬明細書(いわるゆレセプト)の開示を原則認めているし、2000年4月には明細付き領収書の発行が望ましいとの通達を出している。
また健康保険組合の中には明細付き領収証の発行を医療機関に求めようという運動を進めているところもある。このようなコストに関する情報開示の要求に対しても医療機関サイドの対応は遅れている。しかし一因としてはあまりに複雑怪奇そして七変化の診療報酬制度自体にも問題がある。いったいこの10年間にたとえば老人医療の自己負担額は何度変わっただろうか。
あげくのはてに定額と上限つき定率の併用、このややこしい制度をいちいち説明している暇はない、中途半端に説明すればかえって 誤解をまねく、、と危惧する医療機関の立場も考慮して欲しいのが現実ではあるが 、やはり隠すことでは信頼関係は築かれない。
複雑な診療報酬制度の中で医療機関 も苦慮しながら医療を行っている現実を素直に開示して利用者に理解を求め、制度 自体を改善、納得して自己負担していただくシステムに患者、医療者双方の努力で していくことが必要だろう。当クリニックではまず最初にある程度のコスト意識を 持っていただく目的で医療費のメニューの提示を行っている。(表1)もちろん明 細付き領収書やレセプト開示も大切だがすでに行われてしまった医療のコストを確認するに過ぎない。通常の消費行為のようにまず事前にある程度コストを確認してから実際の消費行為を行い、最後に確認という通常の消費行動にパターンをとれば無用なトラブルも避けられるのではないだろうか。

2、主観的情報、狭義のカルテ開示

 いわゆるカルテの記載、医療者の主観、アセスメントが混じったカルテの記録の全面開示にはとまどう医療者も多いのが事実だろう。そこには診断、治療に関しての試行錯誤や上級医のコメント、また支持に従わない、不定愁訴が多い、などといっ た患者には見られたくない記載も含まれているからだ。記載した者の著作権もあるような気もする。
しかしだからといって求められた開示を拒んでいても患者との信 頼関係が深まるとは思えない、そういった”医療、医学の限界、不確実性”をも含 めて開示して理解、納得して医療を受けてもらう必要がある。

また略語が多い、字がへたで読めない、といったレベルの問題も存在する。筆者は現在の限られた診察時間や人員といった医療環境ではすべてのカルテを日本語で患者にわかりやすく書くことは不可能であるし、またその必要はない、と考えている。もちろん情報は利用者が理解して自ら利用できる形にして提供して始めて意味があるし、それをサポ ートするのが専門家の役目でもある。
カルテの情報をわかりやすい形で加工して提供する「私のカルテ」というノート(患者との交換日記のようなもので患者は自分の症状や疑問点を記入、医師はそれに対する解答や治療方針を記入)といった工夫と同時に希望があればカルテ原本のコピーも提供する姿勢が求められる。電子カルテの導入がこういった開示を促進することは間違いないが、コストやセキュリティ ーや画一的な記載など問題も残されている。

3、開示によって癒される相互関係を

 最近一方的に情報提供し決定を患者に迫り責任回避する医療者、情報洪水に溺れてしまう患者、といた構図が見られるようになってきた。日常診療での自己決定、自 己責任といったトレーニングなしでいきなり手術や癌の治療といった人生の最大の転帰ともいえる問題の決定を患者に迫ってもそれは無理というものだ。プライマリ ーケア医としてはカゼや腰痛といった日常の診療のなかで情報提供をおこない患者 の自己決定を援助していく中で共同作業としての医療を日常から構築していき、そ の経験の積み重ねの延長として手術や癌治療といった患命にかかわる大きな問題に 患者が直面した時にも支援できるようにしていきたい。情報開示そのものによって 患者が癒されていく、そんな患者ー医療者関係を築いていければと思う。

                            
★主な検査の診療報酬と自己負担額他の医療機関へ紹介しておこなう場合)
コンピュター断層撮影(CTスキャン)(他診療所)
■CT頭部
 初診料2700円+ CT撮影代、フィルム代 11710円+情報提供料2200 円
 
合計16610円
2割 3320円
3割 4980円
 
     
■CT胸部
 CT胸部、腹部 初診料2700円+CT撮影代、フィルム代15620円+情報提供料2200円
 
合計19190円
2割 3830円
3割 5750円
 
     
■胃カメラ
 初診料2700円+胃カメラ代12810円+情報提供料2200円
 (生検あり25390円)
 
合計 17710円(生検あり30290円)
2割負担  3540円(6050円)
3割負担  5310円(9080円)
 
     
■大腸カメラ  初診料2700円+大腸カメラ代16941円+情報提供料2200円
 (生検あり29520円)
 
合計  21840円(生検あり34420 円)
2割負担 4360円(6880円)
3割負担 6550円(10320円)
 
     
■磁気共鳴コンピュター断層撮影(MRI)腰椎等(他病院)
   MRI撮影17800円+初診料2500円+紹介加算750円情報提供料290 0円    
 フィルム代4180円x3枚=12540円  
 
合計36490 円
2割負担 7290 円
3割負担10950 円
 
  フィルムコピー代1500円上記金額はおよその目安で検査方法、フィルム枚数などによって異なる場合もあり ます。
     

★医療費の概算  
     
■腰痛で初めて受診した場合  
  初診料               2700円    
レントゲン腰椎2枚        2520円    
腰傍脊椎神経ブロック注射   1080円    
内服薬3種類1週間分      1630円   消炎鎮痛剤ロキソニン    
外用薬 2種類          1150円   筋緊張緩和剤テルネリン    
処方料                420円   胃粘膜保護剤セルベックス
薬剤情報提供料          100円   湿布 25枚
 
合計    9600円  ナパゲルンローション1
         2割負担  1920円
3割負担  2880円 + 薬剤一部自己負担 310円
 
     
■高血圧で月2回通院を続けている場合
  再診継続管理加算          50円
特定疾患療養指導料(月2回) 2250円
再診料                740円
外来管理加算            520円
内服薬1種類 2週間分      220円X14=3080円    
処方料                420円(降圧剤ニューロタン)    
薬剤情報提供料          100円    
処方料特定疾患処方管理加算  150円
 
合計 7310円
2割負担 1460円
3割負担 2190円
 

 

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