当院の医療事故の実態と対応の概要



事故の海で医療・福祉を行わざるを得ない現実をいささかでも改善させるために

1. 医療事故の実態と対応の概要
 資料2,3に示しますとおり、医真会での医療事故報告は過去3年間いささかの改善はみられますが昨年度の報告626件、何らかの治療を要したケース18件をみましてもいまだ安全が確保されたとはいい難い状況です。医療事故については院内監査機構(IAU Ishinkai Audit Unit))が経時的に検証し続けています。すなわち実態を掌握し、改善計画を立て、実施し、その姿を監査することで改善方向に向かうと考えています。
現在までのIAUによる対応は以下のアイテムについて行なわれています。
転倒転落事故対策
輸血の手順と輸血材料準備手順の改善
危険薬品の中央管理化と処方から投与までの手順
患者同定の為の方法の検討から入院患者全員に対するリストバンド装着法の採用
外来患者には診察券の表示法の改善と重複呼名確認の徹底
ルティーン注射作業の監査(全病棟一斉に指針履行状況の監査)
勿論、その経緯については極力HP、学会報告、出版などを通じて明らかにしつつ住民との相互理解を深めたく努力いたしております。

2. 医療事故の処理法
1) グループ内で発生した医療事故は報告書の分析から、IPBT法(資料4)による解析を通じて過誤の存在も含めて結論付け、過誤ならば患者への影響緩和を優先し、その後本人及び家族への謝罪からはじめます。
2) 大切なことは検討過程における推移を"文章化"し、その都度患者と医療者が共有することです。
3) 事故の原因分析結果から防止対策を緊急で作成し、周知し、実践に移します。
4) 最終的に謝罪が受け入れられれば、医師会医事紛争処理委員会へ地区医師会経由で仔細を提出し裁定を仰ぎます。患者への謝罪を医師会への提出以前に行なうことになり、「医師会賠償保険契約の約款違反」と判定され「医師会医事紛争処理委員会への謝罪」が必要となります。
5) 賠償金の額に争いがあればその点での裁判は行なわれます。  それでもADR(Alternate Dispute Resolution 裁判外処理法)は履行しえたと考えます。
6) 患者側が賠償請求を行なわれない場合は謝罪と経緯の報告完了で終了します。
7) 患者側の了解が得られればホームページにて公開します。
8) 一定期間後に防止法の実践状況を監査します。

3. 医療事故と裁判
医療事故は医療側が真摯にその実態調査と根本原因分析を行なうことにより、時宜をたがえずに対処しうるものです。特に当グループのように組織内にIAUという監査機構があれば直ちに対応し、結論付けるのにそれほどの時間を要しないことが多いものです。患者側への情報公開と解説責任を果たすべく「確定情報を文章化し、共有する」という手順を行なうことにより、信頼関係を維持したいという医療側の意向は示すことができます。勿論、昨年の誤注射死亡事件ではその手順を経ても、信頼関係を再構築し得ず、賠償金の額の争いとその民事裁判への慮りの為か1年後の刑事告発まで患者側から起こされることもあります。資料は全て共有しているわけで告発は困難ではありません。 医療側が自らの調査結果に基づき「過誤の存在はなし」という結論が出る場合は、その旨同じような手順で伝達し、了解を得ることになります。患者側と解釈が異なれば十二分に説明し、資料を渡して第三者意見を聞いていただくこともお勧めします。

4. 医療事故と損害賠償
そもそも、飛行機事故、交通事故ではパイロット、運転手など関係者はサービスを提供してはいても、乗客を"傷つけている"わけではありません。医療ではその工程で行われる作業は90%以上が"傷害行為"です。病歴を聞くこともプライバシーに関わりますし、診察はセクハラ的行為でもあります。ましてや注射、手術、カテーテル・内視鏡などの検査は直接的な傷害行為でもあります。一方、"ヒトは誰でも間違える"ということが全世界共通に語られています。言い換えれば医療現場では事故は起こるべくして起こっているわけで、その原因分析から事故検出・影響緩和までを繰り返し行う中で少しでも減少させうることが私たちの望みでもあるのです。そのように多発する医療事故の賠償が稀にしか起こらない飛行機事故などと同じように計算され、計上されるならば「医療損害賠償保険制度」は早晩破綻することは眼に見えています。米国では外科医や侵襲的行為を行う医師は10万から30万ドルの保険金を払わないと賠償保険に入ることが出来ず、"医師を廃業"するか、"防衛・制限医療"に徹するかが問われているという非常事態が発生しています。ネバダ州では救急医療機関は患者によっては診療してもらえず、カリフォルニアに転送されるという笑えない事態に至っています。日本ではさすがにこのようなことはないでしょうが、損保会社は深刻に対応策を思案中とのことです。賠償金額は医療事故に関してはその性格上他の事故とは別個に考えられるべきでしょう。
なによりも賠償金であろうと謝罪であろうと失われた命、機能は取り返せないという事実と"医療と国民の信頼関係は情報公開と解説責任の履行による相互理解の促進"によってのみ再生されるとするならば、高額な賠償金は決して期待するような結果をもたらさないと考えます。スウェーデンでは過誤の有無に関わらず医療被害者には国が救済金を支払っています。勿論金額はそれほど多くはありません。
事故を起こした医療職にとっては保険が肩代わりする賠償金ではなく、「審判制度」による能力評価と改善策の強制がもっとも有効です。厚生労働省は2002・12に医療事故が医師の過誤によると裁判で確定したケースでは当該医師を審判制度にかけるという決定を行いました。実施要綱は不明ですが一歩前進でもあります。
さらに医療事故報告を行い根本原因分析に基づいて防止対策をたて実行する医療機関は民事上の責任を免除するということも検討されています。
医療事故の最終結果が高額な賠償金のみであったという結果が日本の社会の常識とならないようになんとしても適切なる処理法の法制化を期待するものです。その提案が以下の三点です。

 北海道、東北といったエリア単位での"鑑定委員会制度 "  
 医療職全てに対する"審判制度"
 日本独特の"医療被害者救済センター" 

日本が医事紛争の嵐に巻き込まれ、医療の透明性、公平性が失われ、賠償金の取り合いによる信頼関係の破綻をもたらさないように英知を出し合い、日本式医療事故処理法を確立したいものです。  

 

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