医療記録の開示
 

● 診察室で“会話”できていますか? ●


神戸新聞で連載 No.2

 毎日の診察の中で、医者、特に開業医が一番時間をかけている仕事は患者さんの話を聞くことだろう。
「痛い、熱がある、しびれる、しんどい、苦しい、心配だ。。。」いう体や心の不調に関するさまざまな訴え。ただ黙って話を聞くだけでもかなりの労力を必要とするのだが、患者さんの訴えの中から診察に必要な情報をすばやく聞き出す、ということがむずかしい。
患者さんの話があちこちへ寄り道してなかなか核心に触れず回り道の会話で終わってしまうことも多い。

 「まあ、先生、聞いてくださいよ。おととい町内会でバス旅行に行きまして、いえ、私はそこは前に行ったことあるから、行きたくなかったんですけどね、お向かいの○○さんが、その人の娘さんは先日離婚してもどって来たらしいんですよ、ええ、それでどうしても一緒に行こう、て言うもんでしかたなくついて行ったんですわ、そしたら。。。」足首をねんざした、という話にたどり着くまでが一苦労。
ヘタにさえぎるとかえって時間がかかったりする。その人にとっては、イヤイヤつれていかれた先でけがをしたという“悲劇の物語”はしっかりつながっているからだ。

 医者が話を聞いてくれないという訴えの中には、こういった患者さんにとって大切な物語を、医者が診断に必要ないと切り捨ててしまう、という感じ方の違いもあるように思う。まれにはこの悲劇の物語の中に診断に重要なヒントがかくされている場合もあるのだが、なかなかゆっくり聞いている時間と根性がない。 考えてみると患者さんとの会話の方法に関して今まで特別に教わったり、勉強したことがない。そんなこと常識だ、ということかもしれないが、この“聞きベタ、話しベタ”の患者ー医療者関係がおたがいの行き違いの出発点となっているように思う。
挨拶もせず、カルテを書くために下を向いて患者を見ようとしない医者と、関係のないことをくどくどしゃべり続ける患者。専門用語を連発して得意げにペラペラと説明する医者と、わからないととても言えずだまってうなづいている患者。ここから両者の溝はだんだん深まっていく。

最近はこういった患者ー医療者の関係を考える企画が医学関係の本や雑誌にとりあげられるようになった。 患者さんとの話し方や質問のしかたにもいろいろコツがあるそうで、その方法を教えてくれる。もちろんなかなかマニュアルどおりに会話がうまくいくとは限らないが、そんなコツの中にも使い方によってはいいものもある。私がよく使うのは、ひととおり会話が終わった後で
「他に何か聞きもらしたこと、心配なことはありませんか?」という追加の質問である。
これが非常に効果的で
「いやあ、実は最近癌で死んだ友人も最初腰が痛いといってたので、私も。。。」といった具合に患者さんにとって重要な受診の動機や本音が聞けたりする。
それなら患者さんも「おだいじに」と言われた後、帰り際に振り返って、
「あの、もうひとつだけ聞いていいですか、先生。もしこの治療でよくならなかったら?」とコロンボ警部のように質問してみたら、
「え、? うーん、やっぱりもっとくわしく検査したほうが。。。」など案外医者の本音が聞けるかもしれない。

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